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幻、破談になったトレードの話を淡々とあげていく

2020-09-27

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幻、破談になったトレードの話を
淡々とあげていく


FA制度が出来る前

今以上に頻繁に行われいたトレード

その中には
破談になったトレードもいくつかあり、

それが表に出るケースも稀にあった

そのケースをあげていこうと思います



2015年

山川(西武)⇔広島、阪神

当時2年目の山川に
広島、阪神のフロントが
目をつけてトレードを申請

対象選手の情報は出なかったが

2年目の山川を放出するわけがなく
破談になった



2001年

坪井(阪神)⇔土肥(西武)

野村と関係が悪かった坪井が放出対象選手に

西武の土肥とまとまりかけたが
星野監督誕生で話が流れた



1995年

高(広)⇔西口(西)

スポーツ新聞が報道

当時1年目の西口と広島では守備固めが
メインだった高のトレード



西武ばっかやな

筒香大田もあったな

中田翔藤浪もあったな



1985年

有田(近鉄)⇔定岡(巨人)

定岡がトレードを拒否し、引退で破談

ただしトレードの話は続き、
有田は淡口と山岡のトレードで
巨人へ移籍した



1965年

広岡(巨人)⇔金銭(ロッテ)

本人が著書で告白
巨人で選手生命を終えたいと伝え
破談に


ロッテの選手珍しい名字やなあ



1989年

高橋慶(広島)⇔田辺(西武)

球団と関係が悪くなり
トレード要員になった高橋

しかし
釣り合わないトレードだったのか
破談になり
変わりにロッテ高沢秀とのトレードが
成立した



2001年

石井貴(西)⇔清水(巨)

松沼が西武コーチ就任で話が流れる



1988年

工藤(西)⇔宇野(中)

週ベが報道

当時不振の工藤を宇野で釣ろうとしたが
西武が拒否し破談へ



1997年

広沢(巨人)⇔キンセン(横浜)

金額が釣り合わず破談へ

カタカナだと台湾人選手に見える



1994年

吉田豊(ダイエー)⇔佐々木(横浜)

根本がフロントに入ったダイエーは
抑えがほしくて佐々木に目をつける

当時の近藤監督と関係が悪かった事もあり
成立寸前のところまでいったが

上層部の反対に合い消滅

このトレードが成立していたら
横浜の歴史も変わっていたかもしれない



2000年

藪(阪神)⇔垣内(西武)
藪(阪神)⇔飯田(ヤクルト)

新庄移籍の穴埋め、右の大砲を求めた野村は
藪をネタに画策も成立までいかず・・・


面白いな



2000年

今岡(阪神)⇔山部(ヤクルト)

野村と関係が悪かった今岡を
目をつけたのがヤクルト

野村チルドレンだった山部を放出し

ほぼ成立寸前までいったがOB会から
猛烈に反対され幻となった




2003年

嶋(広島)⇔関口(近鉄)

伸び悩んでいた嶋の処理に困っていた広島は
近鉄にトレードを持ちかけるも拒否

翌年その嶋が
赤ゴジラとしてブレイクするあたり
野球は分からないものだと思う



2001年

今岡&藪(阪神)⇔オリックス

対象選手は不明も
オフに監督に就任した星野が

「一年だけ様子を見させて欲しい」
と発言し破談へ

1978、79年ごろ

東尾(西武)⇔定岡(巨人)

日刊スポーツが報道。

長嶋茂雄がどうしても成立してほしいと
懇願したらしいが

当時プロ0勝の定岡と
東尾では釣り合うわけが無く破談へ


というか球団が
「東尾の放出は球団の死を意味し、
それは我々が経営の当事者である限り
ありえない」

との声明を発表したんだよな


それは1977年のクラウン時代


巨人は
東尾がどうしても欲しかったみたい



1995年

赤堀(近鉄)⇔門奈(巨人)

落合がさんまのまんまに
ゲスト出演したときに告白

パ・リーグを代表するストッパーと
1軍半の選手だった門奈なので
釣り合うわけがなく拒否される


1975年

門田(南海)⇔原田・上田(巨人)

神部(近鉄)⇔原田・上田(巨人)


最下位に落ちた巨人は
トレードでチーム強化を狙うも
拒否された


梶谷が2軍で燻ってた頃
あらゆる球団から
トレードの申し込みがあったけど
必死で2軍監督が守った
という話も聞いたことがある


クビ候補だったと聞いた事もありますね


2001年

藪(阪神)⇔高村(近鉄)

前年度に続き野村が
藪をネタにトレードを打診

ほぼ成立寸前までいくが
奥様の不祥事で辞任され話は流れる



1996年

猪俣(神)⇔小早川(広)

阪神が打診

どちらも伸び悩んでいた事もあり
成立は確実といわれたが
何故か話は流れる

二人ともそのオフに
チームから退団している



1998年

平尾(阪神)⇔高(広島)

阪神が打診

高が広島で現役を終えたいと言い、
トレードは流れる

数年後平尾は西武へ
谷中とのトレードで移籍した



1961年

米田(阪急)⇔王(巨人)

詳細は不明だが阪急が拒否

当時の王の成績や実績を見れば
当然かも知れないが成立していれば

阪急の歴史は変わっていた
可能性があるかも知れない



阪神多すぎませんかね?


まあ単純に取材の量が違うんやろな
ヤクルト取材するより金になるやろうし


というか年見てる
とほとんど暗黒終末期あたりやし
ネタに困ってたっていうのもありそうやな

阪神のはフロントが喋り過ぎてんよな



2012年

大場(SB)⇔吉村(横浜)

スポーツ新聞が報道

しかし大場は放出されず

多村、吉川、神内(SB)
⇔江尻、吉村、山本(横浜)

のトレードに変わった



2002年

大塚(近鉄)
⇔田中秀、キンセン(阪神)

ポスティングシステム失敗時に
阪神が近鉄に提示



2004年

野口(中日)⇔清原(巨人)

ウッズ獲得したため
中日が拒否



1988年

平田(阪神)⇔紀藤(広島)

当初阪神は金石を希望も
広島が拒否

広島が紀藤ならと持ちかけるも
阪神が拒否し流れた



2000年

井上、井川(阪神)⇔初芝(ロッテ)

野村が週刊誌で後に暴露
目先にばかりとらわれた先見の無さと
フロントを批判した
なお井上は2002年に
ロッテに自由契約を経て入団している



1992年

松永(オリックス)⇔仲田(阪神)

オリックスを移籍志願していた
松永の獲得に動いた阪神
当初は阪神は島尾をトレードで持ちかけるも
オリックスは当時のエース格仲田を要求

仲田は出せないと断ると
野田でどうだと言われ
トレードが成立した




1998年

大豊、中村(中日)
⇔久慈、関川、桧山(阪神)

吉田監督は中村の獲得を懇願
(山田の育成に限界を感じたため)

中日の正捕手の中村を取るために
桧山の放出を考えるも
フロントが桧山の放出を拒否し、流れる

結果
中村が2番手捕手だった矢野に変わり
トレードは成立した



時期不明

大田(巨人)⇔安部(広島)

夕刊フジが2年前に報道
正二塁手候補として広島出身の大田を餌に
トレードを打診も折り合いがつかず流れる



2003年

仁志、江藤(巨人)
⇔藤田、小林雅(ロッテ)

ロッテが清水の追加を求めるも
巨人が拒否し流れる



1988年

山内和+松崎(ダイエー)
⇔真弓(阪神)

南海からダイエーに、
大阪から福岡へホームを変えたホークスは
九州出身の真弓の獲得に動いたが

人気選手だった事もあり阪神が拒否

なおダイエーは95年にも
真弓獲得の噂が流れたが
実現には至らなかった



1977年

藤波、竹田(中日)⇔基(クラウン)

藤波が拒否し破談へ
結局竹田は松林とトレードで
クラウンへ移籍



基って大洋いったやつ?


末期は大洋
黒い霧疑惑のかかった選手の一人
だったはず

誘いを受けたことを隠してたんやっけ?

そうそう
そして真弓の恩師だったはず



2006年

仁志(巨人)⇔谷(オリックス)

トレード志願した仁志の獲得に
最初に動いたのはオリックス

谷を相手に話を勧めるも仁志が
オリックス行きを拒否
(余談だが当時のオリックスは
清原やノリがいた)

結果横浜へ移籍
谷は鴨志田、長田のトレードで
巨人へ移籍した



2009年

高井(ヤクルト)⇔木佐貫(巨人)

元々巨人行きをドラフト時に志願していた
高井に関心を示していた原は
伸び悩んでいた高井の獲得に動く

木佐貫の放出も考え、
高田監督も前向きだったが

ドラフト1位で獲得した選手は
簡単には放出しない球団方針のある
ヤクルトフロントが拒否し話は流れる



2014年

武山(西武)⇔中村(横浜)

度重なる造反行為で中畑と関係が悪化していた
中村に伊原監督が興味

「俺がしっかり教育するから」
と再生に自信を見せ
在籍経験のある武山で獲得に動いて欲しいと
フロントに申請するも

「うちのチームカラーに合わない」
と却下される

トレード要員だった武山は同年
中日へ移籍している。



2012年

秋山(阪神)⇔今成(日ハム)

今成獲得に動いていた阪神に
ハムは秋山を要求

当時結果が出ていなかった秋山に
フロントも放出を考えるも
前年オフにオーストラリアリーグに
派遣していた事もあり

様子見と判断し、断りハムは若竹で
再度トレードを要求し成立する

若竹、岩田の左右のエース期待した
数週間がありました




1967年

稲尾(西鉄)⇔広島

キンセンか選手かの詳細は不明
当時衰えていや稲尾だが
翌年から監督になった根本が
獲得に動いていたとか


補足
稲尾の移籍は
西鉄の豊田泰光が著書に記載

当時稲尾の後援会長がチームに
移籍を拒否していたらしい



1972年

湯口(巨人)⇔ロッテ

ロッテ監督に就任した金田が
当時色々あった湯口を心配し
トレードに乗り出すも
実現せず


あっ…


これは闇


ピュアJ民に捕捉しとくと
湯口は元ロッテの小川と同等に
人間として腐ってる
おんJ民ですらしっかりと
触れたがらない選手なんや



2003年

佐伯(横浜)⇔小笠原(中日)

落合監督就任で
トレードの凍結を宣言し破談に
佐伯は後に中日へ入団している

佐伯の闇が深いところは
確かこの時球団に意見したのが
問題視されて放出危機に陥り

後にTBS末期に絶縁状を
一方的にたたきつけられて
以後DeNAに移行するまで佐伯は
横浜OBを名乗れなかった



2009年

藤田太(阪神)⇔赤田(西武)

赤田が選手会長だった事がネックで
流れるも
トレードは水田で成立
赤田も翌年オリックスへ移籍している



コーチとしても迎え入れる気は無い
といわれたとかきくね


せやで
コーチも横浜がらみの解説もさせないと



1989年

バークレオ(西武)⇔大野(広島)

月刊ドラゴンズが記載

広島が干されていた
バークレオの獲得に動くも
西武は大野を要求し流れる

バークレオは
翌年広島へ移籍している



酷い話だよね


それが今や堂々と
テレビ神奈川に出てるからな
谷繁のテレビ神奈川レギュラー番組決定
もやが


最近TBSと喧嘩別れしたメンバーが
次々とベイスターズ関連の仕事に帰って来て
ビックリよ


落合のトレードも初めは中日じゃなくて
巨人の予定やったんやろ


あれは有名だよね
篠塚とかだっけ



1990年

大野(広島)⇔西武

小池のドラフトクジを外した西武は
どうしても左腕が欲しかった。

しかし大野を出す事を拒んだ広島は
高木宣のトレードを提案
91年に高山とのトレードが成立した



2012年

日高(オリックス)⇔久保田(阪神)

捕手がいない阪神は日高獲得に動くも
オリックスが久保田を要求したため破談へ
結果阪神は今成獲得に動くのであった



1983年

江夏(ハム)⇔篠塚、キンセン(巨人)

大沢退陣で移籍が確実と見られた江夏に
巨人が興味

しかし西武が巨人に取られる前にと
柴田、木村でトレードをもちかけ
西武へ移籍することに



時期不明(古葉時代)

川藤(阪神)⇔広島


川藤が我が道で告白

広島の古葉監督が川藤にほれ込み
本人も移籍するつもりでいたが

阪神が交換トレードを要求して
広島のフロントが
そこまでして欲しい選手ではないと
言われ拒絶される



川藤らしい



#なんj #2ch #5ch #野球


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